毎週木曜日に配信している「データサイン・ランチタイムトーク」の模様をレポートします。当記事で取り上げるのは以下の配信です。

  • 配信日:2020年5月28日 
  • タイトル:書籍「告発」を読んで考える、人心操作可能性 
  • 発表者:株式会社データサイン 宮崎 洋史

浮動票を動かすためにSNS上の個人データを同意なく取得・転売

ケンブリッジ・アナリティカ(以下、CA)が、データマイニングやデータ分析を駆使する選挙コンサルティング会社です。2016年6月に実施された英国のEU離脱(Brexit)を問う国民投票や、共和党からトランプ氏が出馬した同年11月の米大統領選挙で、SNS上の個人データを本人の同意なく取得し、マイクロターゲティングという手法を用いて投票行動に影響を与えた事案で、その名を広く知られました。なお現在、データの目的外利用で告発を受けた同社および、同社にデータを転売したとされる親会社のSCLエレクションズは廃業に至ったそうです。

SCLエレクションズが行った個人データの同意なき第三者提供、およびCAにおける目的外利用が問題であることは異論を挟む余地がなく、個人起点のデータ活用を推進するデータサインとしても看過できないものです。とはいえ、マイクロマーケティング手法でどこまで人の行動は変容させられるのか。元CAの営業職が一連の出来事の舞台裏を描いた書籍「告発」(原題:Targeted)を読んだデータサインの宮崎洋史が、ランチタイムトークでこの話題を取り上げました。

2014年、Facebookに「マイデジタルライフ」という性格診断アプリが登場しました。これを使うと利用者は自分の性格がわかる、という触れ込みです。このアプリは、回答者のデータや、回答者の友達が公開するデータを、APIを用いて自動収集するものでした。CAはこれにより8,700万人分ものデータを収集した、と言われます(このAPIはその後、プライバシーの問題から廃止になりました)

膨大な個人データをもとにCAはマイクロターゲティングを実施します。これは、浮動票セグメントにパーソナライズ広告を見せて行動変容を促す手法です。

「大統領選では、浮動票といわれる態度を決めかねている共和党員を共和党候補に投票させるように、また態度を決めかねている民主党員を選挙に行かせないようにするよう促す広告を個々のSNSユーザーのタイムラインに表示しました。一億ドルもの広告費の大半がFacebookに投じられたということです」(宮崎)

OCEAN理論に基づくマイクロターゲティングを実施

マイクロターゲティングを実施するにあたって、CAが利用したのは、OCEAN理論です。「OCEAN」とは次の5つの用語の頭文字を並べたもので、OCEAN理論とは、人の性格は、これら5つの要素を掛け合わせることで分類できると唱える理論です。

  • Openness(開放性)
  • Conscientiousness(誠実さ)
  • Extroversion(外向性)
  • Agreeableness(協調性)
  • Neuroticism(神経質性)

CAでは、FacebookなどSNSで集めた8,700万人分の個人データを手掛かりにOCEAN理論に基づいて、SNS利用者の性格を分類し、ある性格に分類される人は、SNS上でこういう行動をとる、という関連性を探りました。そして、見出した関連性に基づいて、ターゲティング広告を実施したのです。一日に17万5千件の広告を配信し、個々のSNS利用者の反応に応じて広告の内容を微調整する作業を繰り返し、浮動票を動かそうと試みました。

「とはいえ、このOCEAN理論は万能ではないようです。CAがコンサルを請け負った別の政治家は、あまりに不人気すぎて、マイクロターゲティングもってしても、当選させることが出来なかったそうです。また、CAが共和党陣営にサービスを売り込んだのは、単に案件を獲得しやすかったからで、共和党は悪・民主党は善ということではありません」(宮崎)

なお、企業の中では人事採用の際にOCEAN理論に基づく簡易なテストを求職者に実施するところもあるようです。ただ、テストで得たデータで分析を行う際に、事前に求職者に利用目的の説明を行っていない、同意を取っていないケースも少なくないと言われ、プライバシーへの配慮が懸念されています。

著者ブリタニー・カイザーの「悔恨」

「告発」の著者ブリタニー・カイザー氏は、学生時代に留学中の香港で、脱北者を安全な場所に送る活動や、アラブの春と言われる中東・北アフリカ地域の民主化運動のさなかリビアで独立外交を支援するなど、行動力に優れた社会派の女性です。博士論文は、「データによる予防外交」で、紛争と相関関係のあるSNSの投稿や商品の価格などを見出すことで紛争を未然に防げるのではないか、という内容でした。本人は熱烈な民主党支持者だったそうです。

しかし、傾いた家計を支えるために仕事を探す中、CAのCEOアレクサンダー・ニックスに出会い、彼の知性に傾倒します。アレクサンダー・ニックスは、英イートン校卒の頭脳派で、儲けるために共和党からの依頼に応じた、と同書にあります。

「両親を支えるため、と言いつつブリタニー・カイザー氏も内心負い目はあったようで、CAに関わったことに対する悔恨を綴っています」

CAは解体され、現在、カイザー氏は、個人を起点とするデータ活用社会を目指すOwnYourDataファウンデーション、およびDigital Asset Trade Association (DATA)それぞれの団体の共同創設者として、活動しています。

CAの廃業によって終息したかに思える事案ですが、これは氷山の一角との指摘もあります。CAは解体前の声明で、自社の活動は合法的で、広告業界では個人データのこのような使用は当たり前だ、といい悪びれることがなかったと報じられています。

その一方で昨今、プライバシーに配慮した個人を中心としたデータ利用の取り組みも次第に認知されています。データサインもプライバシーテック領域を含めて、課題の解決に取り組んでいます。

皆さんもぜひ本書を手に取っていただけると幸いです。