毎週木曜日に配信している「データサイン・ランチタイムトーク」の模様をレポートします。

当記事で取り上げるのは以下の配信です。

  • 配信日:2021年7月29日
  • タイトル:日経新聞1面トップ 記事 追跡型広告に見直し機運
  • コメンテーター:データサイン代表取締役社長 太田祐一、プロダクトマネージャー 坂本一仁、ビジネスディベロッパー 宮崎洋史

「ユーザーの識別」は悪いこと?

2021年7月29日発行の日本経済新聞1面記事によると、サッポロビールやアスクルなど日本の大手企業各社の間で、ターゲティング(追跡型)広告の予算を減らす動きが相次いでいます。今回のランチタイムトークはこちらの記事をもとに「ユーザーの識別は悪か」「どのような広告の姿が望ましいか」などについて、データサインのメンバーが意見を交わしました。

ターゲティング広告は、ウェブサイトの閲覧に用いるブラウザや、アプリをインストールしたスマホを一意に特定する識別子や行動履歴を用いて同じサイトやアプリ、または異なるサイトやアプリを横断的に利用した際にユーザーの嗜好に合うと思われる広告を表示する手法です。記事にあるように、ターゲティング広告は日本のネット広告市場の5割弱、1兆円を超える大きなシェアを占めます。

大手企業の中にその予算を削減する動きが出てきた背景には、2022年4月に全面施行される改正個人情報保護法などの法規制の強化、そしてブラウザを識別するサードパーティーCookieやスマホを識別するIDの利用制限を進める、米IT大手各社の対応があります。

日本企業の中には自社の製品・サービスの認知度を高めるためにターゲティング広告に代えて、AIを用いてウェブ上の記事と画像を解析し、関連性の高い広告の表示/非表示を制御できるコンテキスト広告を導入したり、既存顧客との関係強化のために動画投稿サイトに公式チャンネルを設けて社員自ら制作した動画で情報提供をしたりなど、新たな打ち手を探る取り組みが見受けられます。

「とはいえ記事にあるように、追跡型広告がすぐになくなるわけではありません。グーグルは嗜好などを分類・匿名化した数千人単位のコホート(群)ごとに広告を配信する技術(FLoC)を開発しています。また本人同意を得た上でメールアドレスを匿名化した共通IDを企業間で共有する仕組みも広告業界では注目されています。FLoCのようにユーザーを選別することに対して批判もありますが、適切な個人の識別によって便利で役に立つ情報が入手できるならばいいよ、と追跡に同意するユーザーもいるでしょう」(宮崎)

オンライン広告の「気持ち悪さ」とは

乳児を持つ親が、アマゾン・ドット・コムのECサイトでハチミツを購入したところ、「ハチミツを幼い子供に食べさせると乳児ボツリヌス症にかかる可能性があるので危険です」といった趣旨のメッセージをもらったそうです。親が過去に同サイトでおむつを購入したことから、「このユーザーには子供がいる」と推定され、サイトの注意喚起プログラムが実行されたと考えられます。

リアル社会に当てはめると、お節介焼きの近所のおじさん、おばさんが「危ないから気をつけなよ!」と声をかけてくれたという感じでしょうか。ネット社会では、おじさん、おばさんの役割をアマゾンが担っている、といえそうです。

「アマゾンの取り組みはとても素晴らしいと思います。ただ、アマゾン以外でのECサイトでハチミツを購入した場合にも個々のユーザーに適切な助言や提案をしてくれる、自分をよく知る優秀な秘書がユーザーのそばにいると、さらに心強いでしょう。情報銀行の担う役割の1つはそういうものではないかと考えています」(太田)

追跡される側と追跡する側の関係性が大事

ただし、リアル社会で見知らぬ人から突然、「あなたには小さなお子さんがいますよね。この食品を食べるときは気をつけてくださいよ」と言われたならば、どうでしょう?

その人が親切に言ってくれたとしても「どうして、この人が私のプライベートな情報を知っているのだろう」と薄気味悪さが残ります。

これに似た気持ち悪さをターゲティング広告などのオンライン広告に感じる、という声は少なくありません。ランチタイムトークのある視聴者からは、不愉快な追跡型広告が出てきて気分を害した経験についてコメントがありました。

「識別したデータがどのような範囲で共有されているか、悪用されていないか、という不安はユーザーにつきまといます。指摘をもらって親切と感じるか、不愉快と感じるか、その境は追跡される側と追跡する側の関係性に大きく左右されそうです」(坂本)

オンライン広告はユーザーの受け止め方次第で、期待した広告効果が得られないどころか逆効果になる可能性があります。広告主および、広告掲載により広告主から広告収入を得るメディア側にはあらためて配慮と対応が求められます。

ユーザーには、自分に関するどのような情報が、誰が持ち、何に使っているのか、ということを自分で把握し、さらにコントロールできるような仕組みがあると望ましいでしょう。EUでは「デジタルIDウォレット」という名称で、EU加盟国の市民が自らの身元を証明したり、電子文書を安全に共有したりする仕組みづくりを進めており、巨大プラットフォーマー各社に対応の義務づけを迫る動きもあるようです。